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ドラえもんの幼稚化?
 掲示板の大きなテーマとなったことのあることの一つに、「ドラえもんの幼稚化」というものがある。藤子・F・不二雄先生が亡くなってからの映画の方向性の変化などなど、ドラえもん's ホームページにも色々な意見が寄せられた。最近掲示板で話題になったものに、エンディングをテーマとしたものがあった。掲示板に寄せられた意見をまとめると以下のようになる。 掲示板に寄せられたのは大多数が反対派の意見である。
エンディング変更反対派  
  • 意味が分からない。ドラえもんと合っていない。
  • 聴いててすぐにドラえもんと分かるような曲がいい。
  • 歴代のオープニングやエンディングを流してほしい…。
  • 歴史を感じない…。
  • ドラえもんは一度原点に戻るべき。
 
エンディング変更賛成派
  • 流行に乗っている。
  • 昔のままじゃ視聴者の心はつかめない。
 それでは、このようなドラえもんの幼稚化論争が起こるのはなぜであろうか。その理由として考えられることの一つに、最近のドラえもんには「ドラえもんらしさがない」ということを視聴者が感じているからかもしれない。事実、反対派の意見にはドラえもんを昔に戻してほしい・原点に戻してほしいという意見が多い。それではドラえもんらしさとは何か?私はそのドラえもんらしさを、隠されたメッセージ性だと考えている。隠されたメッセージ性とはまさに、藤子・F・不二雄先生が大切にしてきた夢と冒険を大切にする心ではないだろうか。ドラえもんがのび太に道具を出してあげるシーンや、ギャグそしてオチ。そのどれもに言葉では表現しがたい視聴者への重要なセッメージ・藤子・F・不二雄先生の思いが隠されている。と私は思っている。それは藤子・F・不二雄先生の、 実体験であっただろうし、我々が住むほんとに平凡な日常に、もしこんなことが起こったらどうなるんだろう?という子供心であったり するのではないだろうか。こられがまさにドラえもんのおもしろさの要なのである。
 ところが、最近のドラえもんはそのメッセージ性が失われ、何を伝えたいのかが分からなくなってきていると視聴者は感じているのではないだろうか。メッセージ性が失われるということは、つまり先ほど述べたような肝心のドラえもんのおもしろさがなくなってしまうということである。その結果として、ダイレクトには感じないが、どことなく内容が薄くなってしまい違和感を感じてしまう、ということが起こってしまうのかもしれない。
 このような背景が、掲示板でドラえもん幼稚化論争が起こった理由ではないかと私は考えている。

次回はドラえもんの声優陣交代を取り上げてみたいと思います

 
 
 

 

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